走らされメロス

メロスも激怒した。必ず、かの邪知暴虐(じゃちぼうぎゃく)な王を除かねばならぬという決意に続いた。メロスも政治がわからぬ。メロスは、村の牧人のヒモである。牧人が笛を吹くと、メロスは羊と遊ばなければならぬ暮らしをしてきた。

 

シラクスの市で若い衆が言った。

「王様は、人を殺します。」

聞いて、牧人は激怒した。「呆れた王だ。生かして置けぬ。」

聞いてメロスも激怒した。「呆れた王だ。生かして置けぬ。」

 

「だまれ、下賎の者。」王は、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえらだって、いまに、磔になってから、泣いて侘びたって聞かぬぞ。」

 

「ああ、王は悧巧(りこう)だ。自惚れているがよい。私は、ちゃんと死ねる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない」牧人が言った。

「処刑までに三日間の日限を与えて下さい。」同時にメロスも言った。「たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。」威勢良く言った。

 

「ばかな。」と暴君は、嗄れた声で低く笑った。「逃がした小鳥が帰ってくるというのか。」

「そうです。帰って来るのです。」メロスは必死で言い張った。「私は約束を守ります。」

「そうだな。メロス。行ってくると良い。」牧人が言った。「そんなにメロスが信じられないのならば、よろしい、私が人質としてここに居よう。メロスが逃げてしまって、三日目の日暮れまで、ここに帰って来なかったら、私を絞め殺してください。王よ、お願いします。な、メロス。な。」

「あ、ああ…。」メロスは視線を落とした。

 

メロスは出発した。

シラクスの市を出る時、人間の体に顔が竹馬(たけうま)の「トモ」という男に出会った。

「よかったら、私をヒモにさせてもらえませんか」メロスは言った。

 

竹馬は赤面した。